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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)4321号 判決 1989年9月05日

原告 矢ケ崎ツヤ子

右訴訟代理人弁護士 田中紘三

被告 茨木與市

右訴訟代理人弁護士 池末彰郎

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物部分を明け渡し、かつ、昭和六三年二月二一日から右明渡し済みまで一か月金六〇万円の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、金七〇万六八九六円及びこれに対する昭和六三年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一ないし第三項同旨並びに仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告に対し、昭和五七年七月一日、別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件店舗」という。)を次の約定で賃貸し(以下「本件賃貸借契約」という。)、これを引き渡した。

2  原告と被告は、昭和六〇年四月三〇日、本件賃貸借契約について、次の合意をした。

(一) 期間 昭和五七年七月一日から昭和六三年六月三〇日まで

(二) 賃料 昭和六〇年五月一日以降一か月金二〇万円

但し、昭和六二年七月一日以降は一か月金三〇万円に増額される。

(三) 賃料支払時期 毎月末日までに翌月分を支払う。

(四) 損害金 被告が本件賃貸借契約が終了した場合において、現実に本件店舗の明渡しをしない間は、賃料相当額の二倍の損害金を支払う。

3  ところが、被告は昭和六二年七月一日以降も本件店舗の賃料として従前と同額の一か月金二〇万円しか支払わなかったため、原告は、昭和六三年一月一八日被告に到達した書面で、被告に対し、約定により昭和六二年七月一日以降の本件店舗の賃料は一か月金三〇万円に増額されている(以下、この約定を「本件特約」という。)旨を主張するとともに、同書面到達後五日以内に右賃料のうち未払の不足分(本件特約により増額された部分)全額を支払うよう催告した。

4  しかるに、被告は右催告期間を徒過したので、原告は、昭和六三年二月二〇日被告に到達した書面で、被告に対し、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示(以下「本件解除」という。)をした。

よって、原告は、被告に対し、

(一) 本件賃貸借契約の終了に基づき、本件店舗の明渡し及び本件賃貸借契約終了の日の翌日である昭和六三年二月二一日から右明渡し済みまで一か月金六〇万円の割合による約定遅延損害金の支払

(二) 本件賃貸借契約に基づき、昭和六二年七月一日から本件賃貸借終了の日である昭和六三年二月二〇日までに支払うべき月額金三〇万円の賃料の合計額金二三〇万六八九六円から、支払済みの八か月分の賃料合計金一六〇万円を控除した不足分合計金七〇万六八九六円及びこれに対する弁済期の後である昭和六三年二月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払

をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告と被告が本件特約の合意をしたことは否認し、その余は認める。

なお、本件賃貸借契約に関する昭和六〇年四月三〇日付けの「建物賃貸借契約書」(以下「本件建物賃貸借契約書」という。)中には、第一九条(特約事項)の①として、「賃料は昭和六二年七月一日より一か月金三〇万円に増額される。但し、事前に別段の合意ができたときはその合意に従う。」との条項(以下「本件特約条項」という。)が存するが、右契約書作成の際、原告と被告は、本件特約条項については単に事実上記載しておくにすぎず現実化するものではない旨を相互に了解したうえで、同契約書に署名捺印したものであって、本件特約が合意された事実はない。

3  同3、4の各事実は認める。

三  抗弁

1  本件特約条項の表示と意思の不一致による無効

(一) 心裡留保

(1) 被告は、本件特約を締結する際、原告と被告との間において後日別段の合意が成立しない限り本件店舗の賃料が昭和六二年七月一日以降自動的に一か月金三〇万円に増額される趣旨の本件特約条項の文言どおりの合意をする真意はなく、右期日になれば原告と本件店舗の賃料の改定について話し合うという程度の意思しか有していなかった。

(2) 原告は、本件特約の合意をする際、被告の右真意を知っていたか又は知り得べきであった。

(二) 虚偽表示

原告と被告は、本件特約の合意をする際、いずれも前記(一)(1)の趣旨の本件特約条項の文言どおりの合意をする意思がないのに、その意思があるもののように仮装することを合意した。

(三) 要素の錯誤

(1) 本件特約の趣旨は前記(一)(1)のとおりであるにもかかわらず、被告は、本件特約の合意をする際、前記期日になっても別途合意で本件店舗の賃料を定めるものであり、その合意ができない場合には本件店舗の賃料は従来の一か月金二〇万円のままである旨誤信していた。

(2) 被告の右誤信は、本件特約の主要な意味内容に関するものであり、右誤信がなかったならば、被告はもちろん普通一般人もかかる合意をしなかったであろうと認められる。

2  原告及び原告代理人の詐欺による取消し

(一) 原告代理人の詐欺

(1) 本件店舗は区分された二つの部分から成っており、本件賃貸借契約には昭和五七年七月一日付けで、各部分につき別々の「店舗賃貸借契約書」が作成・調印され、各契約書にはいずれも「賃借料は昭和六〇年一月一日以降一か月金一五万円に、昭和六二年七月一日以降一か月金二五万円に増額される。」旨の特約条項(以下「本件旧特約条項」という。)が記載されているが、右契約書の作成に関与した原告代理人弁護士田中紘三は、このような特約条項を記載するについて被告に対し、「一応書いておきましょう。この条項のように増額されることはあり得ない。こう書いておいて後で話し合いましょう。」と申し向けて被告を欺いた。

(2) 被告は、原告代理人が弁護士であることにより、同人の右発言を誤信し、本件特約の締結の際にも、本件特約の趣旨が前記1(一)(1)のとおりであるにもかかわらず、前記期日になっても別途合意で本件店舗の賃料を定めるものである旨誤信したうえ、本件特約の合意をした。

(二) 原告の詐欺

原告は、本件特約の合意をするに際し、本件特約条項を本件建物賃貸借契約書中に記載するについて、本件特約の趣旨が前記1(一)(1)のとおりであるにもかかわらず、被告に対し、「田中先生が(本件特約条項の記載された本件建物賃貸借契約書を)せっかく作ってくれたのに新しく作り換えろと言うのも言いにくいので、このまま印を押して下さい。現実にこんなこと(本件特約条項の文言どおり、原告と被告との間において後日別段の合意が成立しない限り本件店舗の賃料が昭和六二年七月一日以降自動的に一か月金三〇万円に増額されること)はあるはずはない。一応書いてあるだけだから。」と申し向けて被告を欺き、その旨誤信させたうえ、本件特約事項が記載されている右契約書に調印させた。

(三) 被告は、原告に対し、平成元年四月二五日の本件口頭弁論期日において、本件特約を取り消す旨の意思表示をした。

3  借家法七条違反による本件特約の無効

仮に本件特約の成立が認められたとしても、本件特約は、近隣の賃貸建物の賃料との比較(本件店舗の賃料は、一か月金二〇万円でも近隣の賃貸建物の賃料の約三倍と著しく高額であるにもかからず、本件特約は、これを更に一か月金三〇万円に増額するものである。)及び賃料増額の程度(本件店舗の賃料を、わずか二年余りの間に五〇パーセントも増額するものである。)からみても、明らかに借家法七条の法定要件を無視するものであって無効である。

4  賃料不増額の特約

原告と被告は、昭和六二年五月ころ、本件店舗の賃料について、同年七月一日以降も従来の一か月金二〇万円のままに据え置く旨を合意した。

5  本件解除の無効

仮に本件特約が有効であり、被告が、本件店舗の賃料について、昭和六二年七月一日以降毎月金一〇万円ずつの一部不払を続けていることになるとしても、右賃料一部不払は、本件店舗の賃料額に争いがある結果であって、被告に賃料支払についての誠意がないわけではなく、むしろ、被告が、同月以降も約定の賃料支払時期に本件店舗の賃料として毎月金二〇万円を支払い続けていることからすれば、被告には賃料支払について誠意があること、また、被告は、同月以降本件解除に至るまでに、少なくとも四回は本件店舗の賃料として一か月につき金二〇万円を原告方に持参しているが、その際、原告は、特別異議を述べることなくこれを受領しているのであるから、被告が本件店舗の賃料を同月以降も一か月金二〇万円であると思うのも当然であって、本件特約締結時に原告があいまいな態度をとり、前記1のとおり本件特約の定める賃料や賃料増額の程度が通常に比べて著しく高いことに鑑みれば、被告が本件特約を無効であると主張するのもあながち不当ではないこと等の諸事情を考慮すれば、本件店舗の賃料についての被告の前記一部不払は、未だ本件賃貸借契約における原告と被告との間の相互の信頼関係を破壊するものとは認められないものというべきであり、したがって、本件解除は無効である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の各事実は否認する。

2  抗弁2の(一)の(1)、(2)及び(二)の各事実は否認する。

3  抗弁3は争う。本件特約は、将来の一定期間における本件店舗の期間賃料について、原告と被告が合意のうえあらかじめ定めたものにすぎず、借家法七条に違反するものではない。

4  抗弁4の事実は否認する。

5  抗弁5の事実のうち、被告が、昭和六二年七月以降も本件店舗の賃料として毎月金二〇万円を支払い続けていること、被告が、同月以降本件解除に至るまでに、少なくとも四回は本件店舗の賃料として一か月につき金二〇万円を原告方に持参し、原告がこれを受領したこと(ただし、本件店舗の賃料の一部として)は認め、その余は否認し、本件解除が無効であるとの主張は争う。

被告は、昭和六二年七月一日以降、本件店舗の賃料について毎月金一〇万円もの不払を続けてきたものであるから、本件賃貸借契約における原告と被告の相互の信頼関係は破壊されたものというべきであり、したがって、本件解除は有効である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

1  請求原因1ないし4の各事実は、同2の本件特約の合意の点を除いて、当事者間に争いがない。

2  そこで、本件特約の合意の存否について判断する。

(一)  《証拠省略》によれば、原告と被告が昭和六〇年四月三〇日付けで調印した本件建物賃貸借契約書には、第一九条の①として「賃料は昭和六弐年七月壱日より壱か月参拾万円に増額される。但し、事前に別段の合意ができたときはその合意に従う。」との本件特約条項の記載があり、この事実と《証拠省略》によれば、被告が原告との間で本件特約の合意をしたことが明らかである。

(二)  被告は、右のような、本件特約条項の記載は、単に事実上記載しておくにすぎず、現実化するものではない旨を原、被告相互に了解したうえで、本件建物賃貸借契約書に署名捺印したものであって、本件特約の合意がなされた事実はない旨主張し、《証拠省略》中には、右主張に沿う部分がある。

しかしながら、《証拠省略》によれば、被告は昭和五三年四月ころから本件店舗の北側部分を訴外小林巍から転借し、寿司店を営んでいたが、右転貸借には原告の承諾がなく、昭和五七年六月ころ、このことを知った原告から明渡しを求められたこと、これに対し、被告から、南側を合わせた本件店舗を是非貸してほしいとの強い希望があり、折衝の結果、本件賃貸借契約が成立したのであるが、同年七月一日付けで調印された賃貸借契約書は、北側と南側との区分に対応して二通作成され、各区分とも賃料は月額金八万円とされたが、いずれも「昭和六〇年一月一日以降一ヵ月金一五万円に、昭和六二年七月一日以降一ヵ月金二五万円に増額される。但し、事前に別段の合意ができたときはその合意に従う。」との特約が付されたこと、しかるに、昭和六〇年一月以降も被告が従前どおりの賃料しか支払わないので、原告は被告に対し、契約書によれば一月以降は一店舗につき一か月金一五万円の約束になっているので、そのようにしてもらいたいとの通知をし、これに対し同年四月二三日付けで被告から原告に対し、合計で月額金一八万円にしてほしいとの申入れがあり、結局同年四月三〇日付けで本件建物に一本化した賃貸借契約書が作成・調印されたこと、この契約書に前記のような本件特約条項が記載されているが、右条項は、印刷された不動文字による各条項の末尾にわざわざ手書きで書き加えられたものであって、文書自体も何ら疑義を差し挟む余地のないものであること、等の事実が認められる。これらの事実に照らすならば、本件特約条項が単に事実上記載しておくだけで、その旨の合意をしたものではないとする被告本人供述部分は到底採用できない。

そして他に(一)の認定を左右するに足りる証拠はない。

二  抗弁1(表示と意思の不一致による本件特約の無効)について

1  被告本人尋問の結果中には、抗弁1の(一)ないし(三)の主張に沿うような部分がある。しかしながら、右供述部分は、前段2の(二)で認定した事実に加え、《証拠省略》によれば、被告は、原告から本件特約に基づく増額賃料の差額分の支払を催告されたのに対し、本件特約の成立過程に意思表示の瑕疵があるとの主張は特にしていないものと認められること並びに反対趣旨の原告本人尋問の結果に照らし、たやすく採用できない。そして、他に右の事実を認めるに足りる証拠はない。

2  したがって、抗弁1は理由がない。

三  抗弁2(原告及び原告代理人の詐欺)について

1  被告本人尋問の結果中には、抗弁2の(一)の(1)、(2)及び同(二)の各事実に沿う趣旨の供述部分がある。しかしながら、被告本人の供述は、本件賃貸借契約の締結に至る経緯及び本件店舗賃貸借契約書の作成状況並びにこれらに対する原告代理人の田中紘三弁護士の関与の有無及び程度についてあいまいな点や矛盾する点が多く、その他一の2の(二)及び二の1で認定した事実に照らしても措信し難い。そして他に右抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。

2  したがって、その余の点について判断するまでもなく、抗弁2は理由がない。

四  抗弁3(借家法七条違反による本件特約の無効)について

1  借家法七条によれば、建物の賃料の増額請求が認められるためには、当該建物の賃料が、土地、建物に対する租税その他の負担の増加により、土地、建物の価格の昂騰により又は比隣の建物の賃料に比較して不相当となるに至ったことを要件とするものであるが、同条は、賃貸人の一方的な意思表示による増額請求について規制したものであるのみならず、同法六条は、右七条の規定に反する特約を無効としていないから、少なくとも、本件特約のように単に将来の特定期間における賃料を特定額に増額する旨を両当事者間の合意によってあらかじめ定めたにすぎない約定については、借家法七条に違反するものとはいえず、ただ約定の内容が借家法七条の法定要件を無視する著しく不合理なものであって、右約定を有効とすることが賃借人にとって著しく不利益なものと認められる特段の事情のある場合に限って無効となるにすぎないものというべきである。

2  そこで、本件特約について、右特段の事情が存在するか否かにつき検討するに、本件特約が、本件店舗の賃料について、昭和六〇年五月一日以降一か月金二〇万円(《証拠省略》中の記載により本件店舗の床面積を約一三・五坪とすれば、一坪当たり約金一万五〇〇〇円)であったものを昭和六二年七月一日以降一か月金三〇万円(同様に、一坪当たり約金二万二〇〇〇円)に五〇パーセント増額という、極めて高率の増額を内容とするものであるのに対し、《証拠省略》によれば、なるほど、本件店舗の比較的近隣で、かつ、本件店舗よりも京王線調布駅の近くに所在する木造二階建建物の二階部分店舗につき、昭和六三年五月一日以降の一か月分の賃料が、一坪当たり約金五四〇〇円として契約が成立した事例の存すること、また、昭和六三年四月末現在において住宅、都市整備公団の管理する首都圏の賃貸住宅団地のうちで傾斜家賃制度が適用されている所の賃料の増額率が、いずれも年平均五パーセント前後にすぎないことがそれぞれ認められる。

しかしながら、右のような賃料の多寡及び増額率の大小は、当該賃貸借関係における個別的諸事情の差異に基づくものと推認されるところ、本件の場合、最初の賃貸借契約成立の事情は前記一の2の(二)で認定したとおりであり、すでに当初から昭和六〇年一月一日以降の賃料は各店舗につき一五万円、合計三〇万円とする旨の約定があったのであり、本件特約は、両当事者が折衝した結果、賃料を三〇万円に増額する時期を昭和六二年七月一日以降に繰り延べることを内容とするものであって、賃借人である被告としては、約定賃料が著しく高額となり不相当であると認められるに至った場合には、借家法七条により賃料減額請求権を行使してその是正を求めることもできることも考慮すれば、前記二事例との比較をもって、直ちに本件特約の内容が借家法七条の法定要件を無視する著しく不合理なものであって、本件特約を有効とすることが賃借人である被告にとって著しく不利益なものということは困難であり、他に前記特段の事情の存在を認めるに足りる証拠はない。

3  したがって、本件特約が借家法七条に違反する無効なものということはできず、抗弁3は理由がない。

五  抗弁4(賃料不増額の特約)について

1  なるほど、《証拠省略》中には抗弁4の事実を窺わせるような記載があり、また、被告本人尋問の結果中には右事実に沿うかのような供述部分がある。

2  しかしながら、右1の記載及び供述部分は、いずれもその趣旨があいまいであるうえ、原告が本件特約に基づく賃料増額の利益を一方的に放棄するに至る理由についても合理的な説明がなされているとは認められない。かえって、《証拠省略》によると、昭和六二年六月ころ、原告から被告に対し、約定の期限である昭和六三年六月末日限りで本件店舗を明け渡してくれるならば、本件店舗の賃料については、本件特約により昭和六二年七月一日以降一か月金三〇万円に増額されるべきところを従来の一か月金二〇万円のままに据え置く旨の提案がなされたが、被告がこれに応じなかった事実が認められること並びに反対趣旨の原告本人尋問の結果に照らしても、右1の記載及び供述部分は措信し難い。そして、他に抗弁4の事実を認めるに足りる証拠はない。

3  したがって、抗弁4は理由がない。

六  抗弁5(本件解除の無効)について

1  被告は、本件特約が有効に成立したものであり、その結果昭和六二年七月一日以降毎月金一〇万円ずつの賃料の一部不払を継続していたことになるとしても、賃貸借契約における相互の信頼関係が破壊されたものと認めるに足りない特段の事情が存在すると主張する。

2  そこで、検討するに、なるほど、被告が昭和六二年七月以降も本件店舗の賃料として毎月金二〇万円を支払い続けていること、及び、被告が、同月以降本件解除に至るまでに、少なくとも四回は本件店舗の賃料として一か月につき金二〇万円を持参し、原告がこれを受領したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右賃料の受領の際、原告が被告に対して特段の異議を述べなかったことが窺われる。

しかしながら、他方、《証拠省略》によれば、原告としては、右賃料受領の際、被告が本件店舗を本件賃貸借契約の期間満了と同時に明け渡してくれるものと期待し、かつその旨を述べて、あえて前記賃料一部不払にも異議を述べなかったにすぎず、およそ、被告が右明渡しに応じない場合にまでも、本件特約に基づく賃料増額の利益を一方的に放棄する意思を有していたわけではないことが認められる。のみならず、被告自らの同意によって本件特約が有効に成立したものである以上、被告としては、借家法七条に基づき賃料の減額請求をするならばともかく、後日一方的に本件特約の存在を無視して本件店舗の賃料として従来と同額の一か月金二〇万円のみの支払を続けることは許されないものというべきであり、それにもかかわらず、被告は、本件特約に違反して前記賃料一部不払を続け、原告から、昭和六三年一月一八日に被告に到達した書面をもって、五日以内に本件店舗の賃料のうち未払の不足分(本件特約により増額された部分)全額の支払の催告を受けたにもかかわらず、右催告期間を徒過したのであるから、賃料支払について誠意があるものということはできない。

そして、他に信頼関係が破壊されていない特段の事情の存在を肯認するに足りる証拠はない。

3  したがって、抗弁5は理由がない。

六  結論

よって、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 土居葉子 寺本昌広)

<以下省略>

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